反転した世界情勢の認識 5

同総会は東欧各国の共産党の例に倣って、ついにソ連共産党までが一党独裁制を放棄する行動綱領を採択したものです。


それまで、なおゴルバチョフのペレストロイカを辛うじて社会主義制度下の改革の枠内にあるものと見ていた中国指導部は、この行動綱領の採択にきわめて大きな衝撃を受けることになりました。


この直後に中国共産党中央は内部幹部向けに「ソ連共産党の2月中央委員会総会に関する参考資料」を通達し、次の3点の確認を行っています。


1.ゴルバチョフの推進するペレストロイカは、社会主義ソ連を資本主義に「平和的に転化する」ことをめざしており、西側資本主義国もこれを歓迎している。


2.アメリカを中心とした西側の「国際敵対勢力」は、東欧・ソ連を屈服させたのち、いよいよその矛先を中国に向けてきており、闘争は複雑で激化してきている。


3.中国は米中ソの「大三角関係」を巧みに処理しつつ、反帝・反覇権の立場に立つ第3世界諸国および社会主義諸国との関係強化に努める。


・・・というものでした。


このうち3.については、実際に中国はこの直後から第三世界諸国との外交関係を活発化させ、90年3月にナミビア、7月にサウジアラビア、10月にシンガポール、11月にマーシャル諸島共和国・・・


と、それぞれ国交を樹立する一方、65年以来国交を断絶していたインドネシアとも8月に国交を回復していました。

反転した世界情勢の認識 4

1989年12月末に当時の外相は雑誌『瞭望』記者とのインタビューに答えていあmす。


87年12月のINF全廃条約、さらに89年12月の米ソ・マルタ首脳会談をはじめとして依然、軍縮平和への動きが見られます。


米ソ両国の国力の低下によってもたらされた相対的に世界多極化への基本方向は動かないとの見解を表明しています。


しかしその一方で、外相は89年秋以後の東欧の激動によって東西関係に新たな不安定要因が加わったことを指摘することも忘れていません。


さらに目下、「資本主義の勝利、社会主義の敗北」という情勢認識が国際世論の一部に台頭。


いまこそ社会主義国家を平和的に資本主義国家に転化させる「歴史的な好機」であると見なす勢力が現れたともしました。


この外相の見方こそ現在、「平和転化論」と呼ばれているものです。


・・・結論として外相は、全体の趨勢としては緊張緩和の方向にあるものの、資本主義と社会主義の間の闘争は今後いっそう複雑で激しいものになり、いったん処理を誤れば地域的な動乱など不安定な局面を引き起こすとしたのです。


このような国際情勢認識をさらに厳しくする効果をもたらしたのが、1990年2月5日から7日まで開催されたソ連共産党中央委員会総会でした。

反転した世界情勢の認識 3

89年から中国政府は軍事費の大幅増額を計上するようになり、一挙に軍拡の方向に反転を開始しています。


・・・とりわけ89年初夏の民主化運動と天安門事件をくぐったあとの時点になると、その様相は一変してくるのです。


前回の90年4月の論文が、88年段階の銚曾蔭論文に比して本格的な戦略転換を求める主張を行っているのもそのためです。


1989年の天安門事件は、とりわけ郵小平や楊尚昆、王震といった一部実力派の軍長老の世界情勢認識を大きく変えるきっかけをつくりました。


前述のように、それまで国際情勢について比較的楽観的な見方をとるようになっていた郵小平指導部は、この事件を境にその世界認識を修正し、相当程度に悲観的な見方へと逆戻りを開始したからです。


事件直後の6月9日に郡小平が戒厳部隊の幹部を接見した際に語った「大気候、小気候」論。


・・・すなわち国際情勢(大気候)と中国国内の情勢(小気候)があい呼応して中国共産党と社会主義政権の転覆を謀る反革命暴乱が引き起こされたとする見方・・・


これこそ、この世界情勢認識の反転を象徴するものでした。


むろん、郭小平指導部も国際情勢が全面的に米ソニ極支配の冷戦体制に逆戻りしたという見方をとっているわけではありません。

反転した世界情勢の認識 2

この必要に応えたのが、次のような議論でした。


すなわち、第一には、従来、中国が輸出主導型戦略に基づいて先進国輸出向けに生産してきた労働集約型製品は、現在、アメリカ、EC諸国などに保護貿易主義が急速に台頭したこと。


さらには世界経済・貿易が低成長期に入って各国の輸入購買力が低下したことなどと相まって、市場を大幅に狭める結果になってきているという点。


・・・第ニは、多くの発展途上諸国が中国と同様の輸出主導型戦略を採用し、その労働集約型製品が国際市場に参入してきたために、競争が激化しているという点。


第三に、本来、労働集約型製品だった軽工業や紡績業製品、アパレル衣料品などが、マイクロエレクトロニクスやロボットの応用によって労働節約的技術の導入を可能とし、このためNIESや先進諸国もこの産業分野に再参入する傾向を見せはじめていっそう競争が激化していること。


そして、むしろ製品の質を争う時代になりつつあるという点。


・・・以上の諸点から、いまやハイテクをはじめとした技術革新を進め、輸出製品の質的向上、高級化を図る一方、国内市場の開拓にも努めねばならないなどの提言がなされたのでした。


こうした論点はその後も繰り返し現れ、のちに1990年に入るといっそうトーンを強めます。


明確に従来の輸出主導型戦略が限界に達したとして、戦略の全面的修正を主張する論点までを生み出すようになっていきました。


たとえば『人民日報』90年4月14日付の論文などがその代表でした。


いずれにせよ、88年の時点まではハイテク産業の育成重視の戦略転換が徐々に図られるようになったとはいっても、依然、民需中心でまったく軍事的意味合いは伴っていなかったのです。

反転した世界情勢の認識

たとえば1988年12月の『北京週報』第51号に掲載されたの論文「世界は相対的緩和の段階に」。


これには、明確に米ソニ極支配の時代は終わったと認識し、今後は米、ソ、日、西欧の四極構造に移りつつあると指摘していました。


それとともに、従来のような軍備競争は減速して、今後はむしろ経済・科学技術をめぐる総合的国力の競争が支配的になるとしていました。


・・・この限りで、同論文は軍事的意味合いを除いてハイテク技術の国際競争に中国も積極的に参入していくという戦略転換を提唱したのでした。


なお彼は、84年に中国の対外戦略を決定する国務院直属のシンクタンクとして発足した国際問題研究センターの総幹事。


同センターの創設当初から89年2月に他界するまで一貫してその職にありました。


ところで、彼のように米、ソ、日、西欧という四極の勢力が科学技術面で国際競争を行うようになったというだけで、中国のような貧しい発展途上国が背伸びしてまでハイテク技術競争に参入する政策転換を断行する理由として十分と言えるでしょうか。


・・・やはり、労働集約的な輸出産業部門を育成して、外貨を稼ぐほうがまだ賢明な選択だとする反論に答えうるものとは思えません。


そこで、この政策転換には、もう一歩進んだ理由づけが必要でした。

冷戦後の中国の動き 3

対外面でも中国が採用した輸出主導型戦略は前述のように労働集約的な軽工業、紡績・繊維部門など、やはり国外市場の民需を誘因としたものにほかなりませんでした。


こうした地方や企業の自主裁量権の拡大方向を基調とした民需主導型の経済戦略を採用する国家は、アメリカのように軍需を基礎とした産軍複合体の展開によって経済運営を行う国家と比べた場合・・・


経済発展にはたしかに有利に働くものの、軍事産業部門の育成のためには決して効率的ではありません。


ですから今日、軍装備のハイテク化の課題をきわめて重視するようになった中国は、他の経済分野は別として、少なくともハイテク産業の育成の面では地方や企業の自主権を制限して突出的に中央の主導性を強めたのです。


そして、軍需を重視した戦略転換を図らざるをえなくなっているのです。


・・・もっともこうした戦略転換は、趙紫陽が経済政策の実権を失った1988年夏の段階で、ただちに全面的に現れたわけではありませんでした。石塚孝一氏によると、当時の時点ではなお、ハイテク兵器が有する重要度は、湾岸戦争終結後の今日ほど鮮明にはわかっていなかったということもあります。


しかしそれと並んで重要だったのは、やはり87年12月のINF全廃条約の調印に始まり、88年5月15日にはソ連軍がついにアフガニスタンから撤兵を開始するなど、この時期に急激な緊張緩和の状況が生じています。


それが中国の世界認識をなお楽観論に押し止める働きをしていたのです。

冷戦後の中国の動き 2

郭小平の時代に入ってからも、軍事部門の近代化を図って1985年5月には兵員の数を450万から350万人に100万人削減する計画を発表しています。


それとともに、同年7月には軍組織編成の近代化を目的として、新たに集団軍への再編成を実行するなど中央主導による一連の努力が続けられました。


この人員合理化によって軍事費の相当部分を節約し、その分を装備の近代化に振り替えることをめざしたのです。


しかし、一方で、こうした郵小平の軍事改革が基本線において軍縮の方向をめざしたものだったことも否定しえない事実です。


文革当時、毛沢東指導部は国際情勢を第三次世界大戦の危機を抱えて緊迫した状況にあるとして、かなり悲観的に見ていましたから、当然、軍事拡張の方針を崩しませんでした。


これに対し郡小平指導部は、80年代以後とりわけソ連のブレジネフ議長が82年末に死んでのち、徐々に国際情勢を基本的に楽観視するようになります。


85年段階でははっきり軍縮平和と多極化の方向に向かうと見なすようになっていました。


ですから、むろん軍の兵器の近代化は必要ではあっても、その緊急性は中国が当面する急速な経済発展の課題に比して優先順位は決して高くなく、しかも基本方向は軍縮にあったわけです。


さらに趙紫陽を中心とした改革派が1979年以来、採用してきた市場経済活性化を軸とする経済政策は、基本的に中央政府の主導性を制限して、地方政府や企業の自主裁量権を増大させる方向に舵取りするものでした。


そこでは消費者の需要である民需が経済発展の誘因として、戦略的に重視されていたわけです。

冷戦後の中国の動き

中国は元来、核兵器開発についても、1964年10月に原爆実験に成功して自前開発した国です。


58年8月に当時ソ連のフルシチョフ第一書記が提起していた米ソ平和共存路線に毛沢東が猛烈に反発し、両国関係が一挙に悪化して中ソ軍事技術協力協定が事実上破棄されました。


そのため、核の自前開発に着手して約6年後のことでした。


その後、中国は1970年1月に自前開発のICBM(大陸間弾道ミサイル)、次いで同年4月に同じく自前の人工衛星の打ち上げ、さらに74年8月には巡航ミサイル装備の原子力潜水艦の配備に次々に成功していきました。


毛沢東路線下に農業では人民公社政策を中心に自力更生モデルを採用していました。


その一方、工業部門に関しては重化学工業化を最優先にした中央政府の主導性の強い経済計画が採用されていたため、集中的に軍事技術開発にあたることができたのです。


文化大革命(文革)の混乱の最中においても、こういう軍事にかかわる先端技術の開発部門に関しては、毛沢東は断じて造反派による混乱波及を許さなかったのです。


・・・こうした過去の経験が示すように、中国のような発展途上の経済を抱えた国において、先端的な技術開発とその軍事面への適用を実行しようとすれば、必然的に中央の強力な主導性が必要とされてくるでしょう。

沖縄の歴史と伝説

沖縄ツアーなどで本島に遊びに行くのなら、その前に沖縄の歴史や伝説について知っておくと旅がさらに楽しいものになります。


今日は数ある伝説のなかから、「為朝伝説」の話を紹介します。


為朝は「故郷ヲ慕フ心ヤ出来ニケン」・・・


妻子をつれて故国へ帰ることになりました。


そして牧那渡から船を出したが、一里ばかり走ったかと思うと、たちまち嵐に遭って、引きかえしてしまいました。


数か月たって、吉日をえらんで再び出帆すると、こんどもまた


「海風にわかに吹き荒れて、逆浪天を巻きかえし、あるいは楴を吹き折られ、あるいは梶を打ち砕かれて」


・・・進めなくなってしまいました。


そこで船頭がいうには、女が船に乗ると龍宮の神がとがめるといわれています。


この船が嵐に遭うのはそのためだから、女をおろして百人の生命を救ってほしいと。


為朝はやむをえず、妻にいいました。


「わしはお前と鴛鴦(おしどり)の契りをし、金石のように堅く誓った仲だが、天は意のごとくならず、ともに帰ることができない。


お前は子どもの養育にしっかり意を用いてほしい。成長ののちは、必ず大成するであろう」


・・・二人は各々、涙ながらに相別れなければならなかったのです。

男女の「目標の意識」の違い

「いっちゃナンだが、男中心のサラリーマン社会は、デキる奴だけでは成り立たない」という説があります。


これと同時に、女性だって「やらせてみれば、デキる」というのも、ほぼ共通の認識といっていいでしょう。


仕事を任せ、必要な情報を与えれば、派遣 千葉などで働く女性社員はヤル気を燃やし、結果的に仕事もデキます。


ただし、「女性の上司の価値観」の入口として、ビジネスライフにおける「目標の意識」を見てきた立場からいうと、目標が、必ずしも大きくないことに気づきます。


日本産業史のエピソートのなかで、好きな話が、いくつかあります。


たとえば古いほうでは、16世紀の半ば、種子島に漂着したポルトガル船が鉄砲を伝えると、1年か2年のうちにそれを国産化してしまったという鍛冶職入の存在など。


近代の例では、大正期から昭和初期にかけて、技術のわかるビジネスマンが輩出し、当時の「全量輸入依存品」のリストを眺めながら、「どれから国産化を図るか」と論議したという話などが好きです。


彼らがつくり・育てた「新興財閥」が、軍部とゆ着して昭和15年戦争に走った一面は、厳しく反省しなければならないとしても、当初の「目標の意識」は、産業人らしく大きなもので、共感できます。


それにくらべるのは、多くの条件が違うから無理な話なのですが、あえていってみれば、女性たちのビジネスライフにおける「目標」は、それほどの大きさを持っていないように見えます。


組織内での昇進志向、いわばピラミッドクライマーとしての意気ごみにおいても、男なら半ばは本気で「末は社長か、大臣か」などと考えるのに対し、女の大半は「あの程度なら、私にだって」と、すぐ上のレベルしか視野に入れていないようなのです。


そのことの是非は、別です。


「大きな目標」を持つ男性は、ときに誇大妄想的になりますし、「小さな目標」しか持たない女性は、それなりに現実的というべきなのかもしれません。


その背景に、「少年よ、大志を抱け」といった男性優位社会の伝統があるのです。


ただ、現状において男女の「目標の意識」には、微妙な差がある場合が少なくないことを、男女とも知っておいたほうがいい、と私は思います。


なお、「最近の男性は小さな目標しか持たない」という話もありますね。

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