反転した世界情勢の認識 6
前回かいたような積極外交は、あくまで中国が認識する危機に対抗する手段として展開されたものであることを知る必要があるでしょう。
現に同じく3.で用いられている米中ソの「大三角関係」という言葉は、元来、ブレジネフ議長が死んで間もない、1984年に宙郷が提起した言葉で、依然、冷戦認識が色濃く反映された言葉でした。
当時は彼自身、
「米ソ関係はたいへん緊張しており、両国の戦争準備は強化されつつある」
・・・との国際情勢認識を示していたのです。
ソ連の当時の状況は、ブレジネフの後を継いだアンドロポフが短日裡に病に倒れ、さらにそれをチェルネンコが継ぐというきわめて不安定な政治状況にありました。
いわば過渡期にあったわけです。
ブレジネフ時代の対外拡張主義の政策が持続されるのか、あるいは撤回されるのか、なお不確定な時期だったからです。
ですから、90年になって再びこの「大三角関係」という言葉が用いられるようになったということは、84年時期の冷戦認識に近いものが復活したと見ることもできるでしょう。
むろん、こうした冷戦認識への回帰がこの90年春の段階で、ただちに指導部内で全面的に支配的になったとは必ずしも言えません。