男女の「目標の意識」の違い
「いっちゃナンだが、男中心のサラリーマン社会は、デキる奴だけでは成り立たない」という説があります。
これと同時に、女性だって「やらせてみれば、デキる」というのも、ほぼ共通の認識といっていいでしょう。
仕事を任せ、必要な情報を与えれば、派遣 千葉などで働く女性社員はヤル気を燃やし、結果的に仕事もデキます。
ただし、「女性の上司の価値観」の入口として、ビジネスライフにおける「目標の意識」を見てきた立場からいうと、目標が、必ずしも大きくないことに気づきます。
日本産業史のエピソートのなかで、好きな話が、いくつかあります。
たとえば古いほうでは、16世紀の半ば、種子島に漂着したポルトガル船が鉄砲を伝えると、1年か2年のうちにそれを国産化してしまったという鍛冶職入の存在など。
近代の例では、大正期から昭和初期にかけて、技術のわかるビジネスマンが輩出し、当時の「全量輸入依存品」のリストを眺めながら、「どれから国産化を図るか」と論議したという話などが好きです。
彼らがつくり・育てた「新興財閥」が、軍部とゆ着して昭和15年戦争に走った一面は、厳しく反省しなければならないとしても、当初の「目標の意識」は、産業人らしく大きなもので、共感できます。
それにくらべるのは、多くの条件が違うから無理な話なのですが、あえていってみれば、女性たちのビジネスライフにおける「目標」は、それほどの大きさを持っていないように見えます。
組織内での昇進志向、いわばピラミッドクライマーとしての意気ごみにおいても、男なら半ばは本気で「末は社長か、大臣か」などと考えるのに対し、女の大半は「あの程度なら、私にだって」と、すぐ上のレベルしか視野に入れていないようなのです。
そのことの是非は、別です。
「大きな目標」を持つ男性は、ときに誇大妄想的になりますし、「小さな目標」しか持たない女性は、それなりに現実的というべきなのかもしれません。
その背景に、「少年よ、大志を抱け」といった男性優位社会の伝統があるのです。
ただ、現状において男女の「目標の意識」には、微妙な差がある場合が少なくないことを、男女とも知っておいたほうがいい、と私は思います。
なお、「最近の男性は小さな目標しか持たない」という話もありますね。